メキシコ「レバノン1949」@山形

山形国際ドキュメンタリー映画祭2015での上映レポート

当科研が修復にかかわったフィルム「レバノン1949」が、2015年10月9日に山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映された。映画祭の特集プログラム「アラブをみる」の一環としての上映である。また、本作品は「レバノン内戦」「ベイルート1982」という、レバノンを主題とする他の二作品と合わせて連続上映された。

今回の上映は二度目の公開となる。音声部分が失われたフィルムということもあり、2014年の上映時には黒木英充氏による解説を交えながらの上映であったが、今回は、山形大学のOGでもある講談師・宝井琴柑氏による講談が添えられた。聴衆の人数は、約120名であった。

上映中、宝井氏は、フィルムに映し出されているレバノンの光景に合わせて、それと類似の場面を持つ講談を読んだ。例えば、レバノン軍の戦車、騎兵などによる軍事パレードの場面に軍記物をあてるといった具合である。

たいへんに意表を突く演出であったのだが、講談を聞きながらフィルムを見ていると、武士の鎧を形容する一節、


「晴れと着飾るいでたちは、黄糸、赤糸、逆沢潟、紺糸、黒糸、桶川胴」


を読む時のテンポが、行進するレバノン軍兵士の手を振るテンポときれいに一致することに気が付いた。また、ベリーダンスの映像に対して、アメノウズメが天岩戸の前で踊る場面を当てた箇所では、読みのテンポと、ダンサーが腰をくねらせる時のテンポがまたしてもシンクロした。このような事態を目の当たりにすると、ひとりの聴衆としては、映像の細部が鮮明に印象付けられることに驚かされた。講談のパフォーマンスという身体性が、映されたイメージのもうひとつの身体性を発掘したと言えるのではないか。

個人的に、本作品は研究上、難しい資料であると感じている。ひとつには、映像に登場する人物のうち、存命の者は当時幼年であり、この時の記憶を聞こうにも、思い出せることがないからである。また、映像そのものについても、多くは短いショットからなるため、撮影場所などの手がかりをつかむのも難しい。

しかし、仮に、学術的な見地から本作品の価値を見極めるのに多くの困難があるとしても、今回のように別ジャンルの芸術を介して映像の細部が聴衆に印象付けられるのであれば、それは学術とは別の仕方でフィルムを活かすことにつながるのではないか。日本の講談がレバノン移民の映像を支えることで、資料の魅力が意外な仕方で開かれる。多様なジャンルや観点から資料に光を当てることの重要性を教えられた次第である。

なお、2015年10月10日の山形新聞第28面に、当日の宝井氏の様子を伝える記事が掲載されている。

参考:宝井氏ブログ